怪傑えみちゃんねる終了キンコン梶原騒動影響か?上沼恵美子のほかの番組は?

バラエティ

2020年7月24日の放送をもって、関西テレビの長寿バラエティ番組「快傑えみちゃんねる」が終了しました。

上沼恵美子は、番組終了について、関西テレビを通じて、「25年という長きにわたって、1000回を越えて続けることができたのは、支えてくださった視聴者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました」とコメントしています。

「快傑えみちゃんねる」は、関西テレビで1995年7月10日から放送されているトークバラエティ番組で、上沼恵美子の冠番組です。

関西テレビで、放送開始から2009年3月まで毎週月曜日19時から、2009年4月から毎週金曜日19時から放送しています。開始したときは関西ローカルでしたが、現在はフジテレビの一部系列局と関東地方・東海地方の独立局で放送されています。

2020年7月2日に、2015年からレギュラーを務めてきたキングコング・梶原雄太との騒動が話題になりました。「快傑えみちゃんねる」の番組の収録で、梶原に「何度もおごってきたのに」義理を欠いていると罵倒しました。

それが原因で、梶原が番組から降板しました。梶原の番組降板とえみちゃんねるの終了は関係あるのでしょうか?えみちゃんねる終了の理由について調査しました。

えみちゃんねる終了の理由は?

上沼恵美子の長男は上沼清太郎(1978年4月生)で、次男が上沼裕次郎(1983年5月生)です。上沼清太郎は、上沼恵美子の事務所「上沼事務所」に勤務しています。

次男の上沼裕次郎は、構成作家「ゆじぇーろ」として、「快傑えみちゃんねる」にも関係しています。キングコング梶原が、番組を降板することになったのは、次男が「梶原さんは、ちょっと役に立っていない」と告げ口したのが原因と噂があります。

関西テレビは、梶原の番組降板と番組終了には、関連は無いと否定しています。関西テレビの判断で、上沼恵美子に番組終了の意向を伝えたと話しています。

「快傑えみちゃんねる」が終了する理由として、関西テレビは、今年7月に放送開始25周年を迎えたので、「番組として一定の役割を果たすことができたので終了した」と説明しています。

新型コロナウイルス感染症の感染防止のため、無観客の収録が続いていて、「無観客では、トークバラエティの本来の魅力を発揮するのが難しい」ことも終了の理由と言っています。

芸能関係者の話として、「梶原の騒動は、所属事務所の吉本興業が丸く収めました。吉本興業への配慮もあり、関テレが上沼恵美子に「今後もこういうことがたびたびあったら困ります」と注意しました。

それを聞いた上沼恵美子が、一方的に「それなら辞める」と激怒したそうです。慰留をしましたが、上沼が収まらず、突然に番組終了に至りました。

番組の担当プロデューサーが、突如番組を外れたことも、出演を拒否するに至った原因と言われています。

2020年7月24日が、最終の放送でした。ゲストは小堺一機(浅井企画)、武田修宏(ホリプロ)、ゆきぽよ(デルタパートナーズ)、上島竜平(太田プロダクション)、柴田英嗣(プロダクション人力舎)でした。

ゲストの中に、吉本興業の芸人がいないことから、上沼恵美子と吉本興業の関係が微妙な状態であると推察されます。今後の他の番組への影響に注目する必要があります。次に、上沼恵美子の他の番組の今後について調べました。

上沼恵美子の他の番組の今後はどうなるの?

現在の出演番組は、朝日放送の「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」、読売テレビの「上沼・高田のクギヅケ」、朝日放送ラジオの「上沼恵美子のこころ晴天」があります。

上沼恵美子の“パワハラ騒動”の影響が最初に出たのは、ABCラジオの「上沼恵美子のこころ晴天」でした。

キングコング梶原雄太が、ラジオ番組を降板しました。2020年7月8日に、朝日放送ラジオ社長の岩田潤が「7月は改編のときで、(梶原降板は)所属事務所(吉本興業)と相談してきめただけ」と説明しています。

キングコング梶原の降板に関しては、吉本興業の一部で反発の声があり、手打ちにしない意見もありました。しかし、梶原の代役で出演したお笑いコンビ「祇園」を、上沼恵美子がべた褒めしたこともあり、丸く収める方向に動いています。

ラジオ番組「上沼恵美子のこころ晴天」の中で、7月20日に、「いやな世の中になったな、改めて。何もできないじゃない。コロナ鬱ってあるけど、ちょっと私もそうやな。今」と、上沼が話しています。

朝日放送の「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」、読売テレビの「上沼・高田のクギヅケ」に関しては、今後も存続するようです。終了するような報道は見当たりません。

上沼恵美子の古参の女性マネージャーが2020年5月末に退社しました。女性マネージャーの名前は、中川優夏で、長年にわたり上沼恵美子を支えてきました。

マネージャーの退社により、トラブルを間に入って解決する人がいなくなりました。上沼恵美子が放送局と直接交渉すると、今回のように、上沼恵美子の気分次第で番組終了になる心配があります。

まとめ

上沼恵美子は、1955年4月13日に、兵庫県淡路島に生まれました。1971年に姉とともに、お笑いコンビ「海原千里・万里」としてデビューしました。漫才では、巧みな話術で人気者になりました。

1977年に結婚してコンビを解散し芸能界から引退しましたが、1987年7月に、単独でバラエティ番組に復帰しました。

上沼恵美子の夫は、元関西テレビのプロデューサーの上沼真平で、常務取締役・政策局長から元メディアルポ(関西テレビ完全子会社)の代表取締役会長でした。関西テレビの番組に影響力を持っていました。

「快傑えみちゃんねる」が突然終了することになり、番組の総集編や再放送を、上沼恵美子が拒否していると言われています。局側は、複数回話し合って、交渉決裂し、「取り付く島もない形で終わった」と言っています。

今回の突然の番組終了にファンは残念な思いでいます。上沼恵美子には、番組に出演して、ファンを楽しませてもらうことを期待しています。

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