卓球代表水谷隼目の病気とは何?原因は?引退後の復帰は監督抜擢もあるか?

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2021年8月7日に、東京オリンピックの卓球男子団体で銅メダル、混合ダブルスで金メダルと活躍した水谷隼(じゅん)選手が引退の意向を示しました。具体的な病名は明かされていませんが、治療法がない目の病気で引退すると説明しています。

水谷隼選手は「最終的な判断はまだできていないですが、今の自分の気持ちとしては完全に卓球から離れると思います」と話し、さらに引退の理由は「正直目が完治するならば40歳、50歳でもやりたいと思っている。現状は治療法がないということで、悔しいですけど」と説明しました。

今後の卓球界について「張本のプレーを見ていて頼れる後輩がいることはうれしいし、卓球界の未来は明るいんじゃないかな」と張本選手に大きな期待を寄せています。

卓球代表水谷隼目の病気とは何かを調べました。

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卓球代表水谷隼目の病気とは何?原因は?

卓球代表水谷隼選手は、目の病気について「悪くなっている印象」と話しています。レーシック手術がきっかけで、試合中の球が見えづらくなる現象があり、サングラス、コンタクトで矯正しながら卓球をしてきました。

水谷隼選手が目の不調を明らかにしたのは2019年3月でした。「自分の弱さを見せつけることは、相手に付け入るチャンスを与えてしまう。自分の問題なので自分で解決したかった」と、長年にわたって目の不調は口にしていませんでした。

卓球競技場はコート周りのLED看板、照明によるコートと客席の明暗差が大きく、ボールを見るのが難しくなっています。水谷隼選手は2013年の全日本選手権で見えずらさを感じ、検査して右目2.0、左目0.3と左右の視力差が分かりました。

左目のレーシック手術を受けて1.5まで回復しましたが、2018年には右目が0.7まで落ちました。右目のレーシック手術後に、目の不調が現れました。

目の不調は「レーシックの影響で角膜が少し凸凹しているから乱反射が起きている可能性があると、聞いている」と言い、さらに「手術後に違和感が出たのは間違いない。もう少し考えればよかったなと後悔はある」と話しています。

対策としてカラーコンタクトを試すと「視界が暗くなる分、ボール自体は見えやすくなる。でも暗いと回転などボールの繊細な部分が見えにくくなる」と言っています。

サングラスを使用して試合をすると「視界は良いが、途中から汗で曇りパフォーマンスが低下する。サーブでボールを上げる時に装着部分の境目で視線がはずれて、ボールがずれる」とコンタクトとサングラスに一長一短があります。

水谷隼(みずたに じゅん)選手は、1989年6月9日生まれ、静岡県磐田市出身、明治大学政治経済学部卒業、木下グループホールディングス所属のプロ卓球選手です。

水谷隼選手は、父親が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団の第1期生で5歳から卓球を始めました。当初は右利きでしたが、卓球の利き手を左に矯正しました。

中学校で福原愛などの青森山田中学校へ転向しました。2005年に15歳10か月で男子史上最年少の世界卓球選手権日本代表になりました。2007年に名門卓球部のある明治大学政治経済学部へ進学しました。

水谷隼選手は2008年北京オリンピックの団体で5位入賞しました。2012年に明治大学を卒業し、スヴェンソンと所属契約を結びました。2012年ロンドンオリンピックはメダルを逃しました。2016年リオデジャネイロオリンピックで男子シングルの日本人初の銅メダルを獲得しました。

2021年の東京オリンピックにおいて混合ダブルスで伊藤美誠と組んで金メダルを獲得しました。男子団体で銅メダルを獲得しました。

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引退後の復帰は監督抜擢もあるか?

水谷隼選手は、今後の卓球界に警告を送っています。「男子卓球界に必ず氷河期が来る。五輪後に一気に」と警告し、「他の五輪競技を見渡すと、今の卓球環境が恵まれすぎている。自分がドイツに行っていたころは本当に大変だった。本気の選手が全然いないと思う」と危機感を語っています。

卓球選手の環境は「卓球で真剣に勝ちたいと練習に向き合っているのか。今のTリーグ選手は一般のサラリーマンと比べてもいい収入をもらっていると思う。苦しさで言えばサラリーマンの方が何倍も大変。400、500万円稼ぐのって普通に大変じゃないですか。それが卓球選手にとって簡単に思っちゃっている。1000人、2000人の観衆の中でプレーできるありがたみをもっと感じないといけない」と恵まれているので、卓球選手に一層の奮起を希望しています。

SNS上で水谷隼選手に、24年パリ五輪の監督就任を要望する声が上がっています。水谷隼選手は、引退を発表したさいに、今後については話していません。ネット上では「指導者として卓球とかかわってほしい」「次回の五輪でもコーチか監督の立場で拝見できることを願う」と指導者になることを期待する声が殺到しています。

東京五輪で卓球男子日本代表をひきいた倉嶋洋介監督が、今大会限りで退任する意思を日本協会へ報告しました。倉嶋洋介監督は1976年5月24日生まれ、東京都出身、明治大学卒業、明治大学コーチから日本代表コーチを経て、日本代表監督になりました。2016年リオ五輪で男子初の銀メダルを獲得しました。

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まとめ

今回は東京五輪の卓球男子団体で銅メダル、ダブルスで金メダルを獲得した水谷隼選手の引退について調べました。治療法のない目の不調で現役引退することが分かりました。

ネットでは、水谷隼選手に、指導者になることを要望する書き込みが多くみられました。水谷隼さんの今後の活躍を期待しています。

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