知床遊覧船桂田精一社長の逮捕の可能性は?社内内情はどうなっている?

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記者会見した知床遊覧船の桂田精一社長が、土下座し謝罪しました。しかし、ずさんな管理体制に遺族や関係者から避難の声が上がっています。

4月27日に記者会見に現れた知床遊覧船の桂田精一社長は「この度は、お騒がせして大変申し訳ございませんでした」と謝罪し事故の経緯を説明しました。

会見を見た遺族は「荒れた海で冷たい中で、入って恐怖と冷たくて恐いのと、本当に死ぬ間際まで無念だったと思いますよ」と被害者の悔しい思いを語っています。

知床遊覧船桂田精一社長の逮捕の可能性について調べました。

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知床遊覧船桂田精一社長の逮捕の可能性は?

海難事故に詳しい青木理生弁護士は、4月28日の日本テレビ系「情報ライブミヤネ屋」に出演し、観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の遭難事故に関し、桂田精一社長の責任について語りました。

桂田精一社長の刑事責任について「一般論で言うと、会社であったり社長個人に対する刑事責任はなかなか難しいのが正直なところ。多くの事案では操船していた者の責任のみが問われている」と経営者の刑事責任の立証が難しいと語りました。

続けて青木弁護士は「今回のような様々な事情があれば、やはり業務上過失致死傷罪も視野に入れて、捜査機関がしかるべき捜査を尽くされると考えます」と桂田精一社長に業務上過失致死傷罪適用の可能性を話しました。

知床観光船「KAZUⅠ」は2021年5月に浮遊物との接触事故、さらに同年6月に座礁事故を起こしました。同年7月に北海道運輸局が知床遊覧船に行政指導をしています。

清原博国際弁護士は社長の責任を考えるうえで2つのポイントがあると指摘しています。

一つ目のポイントは、社長が安全管理を徹底させるために、船長をどう監督指導していたかということです。

二つ目のポイントは、今回の出航の判断に社長がどれだけかかわっていたかということです。

安全管理に関して、桂田精一社長は知床遊覧船の欠航の基準を「波は1m以上、風速8m以上、視界が300m以下なら欠航します。ただし『安全規定』には数値はなく、各社の中で暗黙の了解になっていた」と話しました。

数値がない「安全規定」は規定と言えません。桂田精一社長の安全管理に対する意識が低かったと思われます。このことから桂田精一社長が船長を監督指導していたとは言いがたい。

事故当日は、出航前から知床に“強風波浪注意報”が出ていて、午後には波が3mを超えていました。

桂田精一社長は「出航前の港は穏やかでした。遊覧船の航路に沿って車で走って見送りましたが、通常どおりで問題はありませんでした」と“強風波浪注意報”を無視していたことを話しました。

運行管理規定のひな型に「運行前日の21時、当日の朝7時に、テレビ・ラジオ・気象FAX等によって気象庁の情報を入手し判断する」と書いてあります。

“強風波浪注意報”が出ているなかで、桂田精一社長が出航の許可を出したのは業務上過失致死傷罪に値する行為とみられています。

桂田精一社長は「豊田船長から『午後の天気が荒れる可能性があるが、午前10時からの出航は可能』と報告があったので、海が荒れるなら引き返す“条件付き運航”を船長と打ち合わせ、出航を決定した」と話しています

上記の会話内容から、「KAZUⅠ」の運航に対する桂田精一社長の関与は大きかったと言えます。

青木弁護士は「海難事故の話の中で“条件付き運航”という言葉は出てこないです」と話し、さらに「“条件付き運航”ということで船長に全責任を負わせて、会社が責任を負わないというのは、考えられないと思います」と桂田精一社長に責任があることを示唆しています。

事故当時、会社のアンテナが壊れたままで、携帯電話でやり取りしていたのは、安全管理上、あり得ない行為だと言われます。知床のような場所では、携帯が繋がらない箇所が多くあり、事故の報告が遅れることは前もって予想できました。

青木弁護士は「今回は安全意識の希薄さを感じます」と、今回のような場合は「業務上過失致死傷罪」を視野に入れて、捜査機関が動くと語っています。

5月2日、海上保安庁が、業務上過失致死の疑いで北海道斜里町の運航会社「知床遊覧船」を家宅捜索しました。運航体制に問題がないか調べます。

桂田精一社長は1963年6月29日生まれ、2022年現在58歳です。北海道斜里町出身、網走南ヶ丘高校卒業、茨城県工業技術センター窯業指導所、陶芸家としてデパートで個展の経歴があります。

2004年に父親の家業をつぐため、斜里町へ帰り、その後に経営者へ転身しました。父親の桂田鉄三さんは遠音別神社の神主で、2003年から2019年まで町議会議員を務めました。

桂田鉄三さんが、1996年にウトロ地区で「有限会社 しれとこ村」という旅館を始て観光事業をはじめました。

桂田精一社長は前嫁とは離婚し、2018年6月に再婚しました。現在の嫁は20歳くらい年下です。現在3歳の娘がいます。

事故当日の4月23日は、第二子を出産した嫁の退院日で病院へ行っていました。

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社内内情はどうなっている?

知床遊覧船で船長を務めていた前船長(34)が、企業体質について語っています。

グループの経営状況は火の車で、遊覧船事業の収益を旅館業で生じた債務の返済に回す“自転車操業”に陥っていたと言います。

知床遊覧船の元従業員は桂田社長について「まあお金に雑ですね」と話しています。

使っている観光船については「私が初めて、この会社に来て、2艘(そう)の船を見た時、かなり印象としてボロいなと。内装のシートカバーもひどいですし、とにかくボロ船」と語っています。

元船長は「遊覧船のシーズン中は、1日100万円稼ぐこともあるんですよ。その資金をもとに『古い遊覧船も新しくしたい』と社長に意見したこともありましたが……。社長本人は浮ついている様子で、自分のやりたいことを優先している印象を受けました」とボロ船の買い替えを提案したが断られたと語っています。

知床遊覧船の海難事故を起こした「KAZUⅠ」は、40年近く前に波の穏やかな瀬戸内海の平水地区で使う旅客船として建造されました。

1985年に山口市の造船所で作られ、広島県の三原港と10キロ沖合の生口島(尾道市)を結ぶ片道30分の定期航路で使われました。

桂田一族は、知床の観光ビジネスで大きな影響力をもっていました。

社長が強欲であったために、ボロ舟を経験の浅い船長に託して無理な運航を行ったために起こった事故だと思いました。

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まとめ

今回は、知床遊覧船の海難事故に対する社長の責任について調べました。海上保安庁は、業務上過失致死傷罪の適用を考慮に入れて、事故調査していることが分かりました。

事故の早期救難と知床観光が安全に行われることを願っています。

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